伝え継ぐ 日本の家庭料理』 

 家政学部食物学科 昭和三十六年卒 水谷 令子

  昭和三〇年から四〇年にかけて、日本各地で作られそして食卓に上がってきた家庭料理は何でしょう。それらは今も食べられ、次世代に伝えられているでしょうか。

  私が所属する日本調理科学会では三百名以上の会員が数年かけて各地に伝承されてきた家庭料理の全国調査をしてきました。実際に地域の方々にお会いし、お話を聞いて記録し、次の世代の人が実際に作れるように確認しながらレシピを作り、最終的には、日本各地で掘り起こした料理を後世の人々も作れる形にして刊行することです。三重県は主に大学・短大などで調理学を専攻する研究者たちが関与し、佐保会員の成田美代さん・磯部由香さん・駒田聡子さん・萩原範子さんもかかわってきました。現在は出版のために数回に分けて料理やそのプロセスを撮影しているところです。ちなみに、本は(一社)農村漁村文化協会「別冊うかたま」全十六冊として平成二十九年十一月から順次刊行されます。

 ところで、三重県の伝え継ぐべき家庭料理にはどの様なものがピックアップされたでしょうか。みえ食文化研究会(会長 成田美代さん)の『三重の味 千彩万彩』によれば、南北に細長い三重県を気候・風土の違いによって北勢・中勢・伊勢志摩・伊賀・東紀州の五地域に分けてそれぞれ特徴がある食文化圏を作っていると説明しています。この分け方に準じて三重県の伝え継ぎたい


家庭料とされたものを紹介しましょう。 

 北から鈴鹿市までが範囲の北勢食文化圏ではとろろ汁・シジミ汁・鶏飯・あほ炊き・シロミトリの煮物・日野菜漬・しこしこ団子・いも団子、津市と松市を含む中勢食文化圏では、盆汁・とろろ汁・炊き込みご飯・さぶらぎご飯・茶粥・あいまぜ・ガタガタおろし・なべ餅、伊勢志摩食文化圏では、あおさの味噌汁・伊勢うどん・たこ飯・手こねずし・おんこずし・さめんたれ・塩辛・じふ・煮味噌・落花生豆腐・丸大根の雑煮・伊勢沢庵・きんこ、紀北町から熊野市の東紀州食文化圏では、こけらずし・めはりずし・さんまずし・なれずし・茶粥・


じふ・生節・マンボウ・塩辛・落花生の煮物・茎漬・花餅などが上げられました。三重県での居住は四十年以上になりますが、愛知県出身の私がみた三重県は、「すし文化」に特徴がある のではないでしょうか。古い形のなれずしに始まり、さんまずし、手こねずし、目はりずしなどは県外でも認知されています。木枠を使って大勢のお客のために作る箱ずし(押しずし)は こ桑員地区(写真)でも作られていましたが、収録の際に成田先生がプロセスを紹介されていた東紀州地区の「こけらずし」は驚くほどの手の込んだ美しいものでした(写真)

 

私が三重県に住んで初めて耳にした興味深い名前がついた料理も多かったので挙げてみましょう。

「ガラガラおろし(ガタガタおろし)」は鬼おろし器(写真)で粗くおろした大根に油揚げやちくわなどを混ぜた酢のものです。「あいまぜ」も酢味の料理ですがこちらは煮なますの類。「盆汁」はお盆に作る七種類の具が入った味噌仕立ての具だくさんの料理で十六ササゲ(盆ササゲ)は必須の食材です。

「あほ炊き」は味が落ちた沢庵漬けを薄く切って、塩抜きしてから甘辛く炊いた常備菜(写真)。一旦漬けた大根を戻して炊きなおすことを「あほなことをする」といったことからついた名前。京都人は「沢庵の炊いたの」、福井の友人は「ぜいたく煮」と言うそうです。三重の古い郷土料理の書には「大名炊き」ともいうとありました。私の家族にも好評なので、今年は初めてたくわんを漬けてみようか、と「たくわん用」という大根種を蒔いたところです。

「しこしこ団子」は米粉を捏ねて蒸し、黒砂糖を加えてから型を作って、少し乾燥させた素朴なおやつで、食感から「シナシナ(シネシネ)団子」ともいいます。米どころの伊勢平野ではくず米を粉にして、それを利用した米粉団子類が他にもいくつかあります。「ないしょ餅」はおはぎ・ぼた餅と同じ料理です。もち米を混ぜて炊いたご飯を鍋に入れて捏ねて作ります。なべ餅とも言いますが、こっそり鍋の中で搗いて作ることからきた名称です。お隣さんに遠慮しながらご馳走を作るという気の遣いようは今日では実感できないでしょうが…。 

「きんこ」(写真)はスーパーマーケットでも扱われ三重県ではおなじみのおやつで、志摩地方の特産品です。私の郷里では「いも切り」「干しいも」などといいますが、志摩地方では「隼人いも(いもの品種)」を蒸して、高級中華食材の「きんこ」(ナマコの乾

物)と称し、地区の特産品にしています。

愛知県人の私が三重県桑名市に住むようになって、面白いと感じた呼び名の料理などを紹介しました。もちろんここでとり上げた品々以外にも三重県各地には魅力的な料理があります。こんな視点で地元の食文化を見るのは楽しく、また地域を理解することにもつながるでしょう。